「桜散る、散るも つもるも三春乃一座」@相鉄本多劇場
相鉄本多劇場は前にも行ったことがあるはずなのですが、場所についての記憶が曖昧です。相鉄の出入口に近いあたりだろうと見当をつけて、駅ビルから出たところにあった交番で確認して、急ぎ足。そういう人が何人かいたせいか、少し開演を遅らせ気味にしていたようで、ギリギリで申し訳ないタイミングでしたが、間に合いました。
この芝居は、毎年5月末のこの時期に横浜で上演されているそうです。それには理由があって、太平洋戦争末期、昭和20年5月29日の横浜大空襲が物語の芯になっているからです。昨日5月30日の新聞にも65年前の空襲について記事がありました。3月の東京下町の空襲と違って、こちらは朝9時半ごろから1時間半くらい。明るい中なので、焼夷弾投下以外に、機銃掃射を受けて亡くなった方もあったものと思われます。劇中ではおそらく直後の発表だからでしょうか、死者数を3000人台と言っていたと思いますが、その後の調査では8000人から1万人くらいではないかという推計になっているようです。
横浜の小さな劇場で、三春乃一座は当局の検閲を受けた芝居の準備中。そこに特高に追われた2人の人物が逃げ込んできます。1人は演劇青年。もう1人は女学校の先生。2人とも追われる理由があり、追われているのは自分だと思っています。この2人が本来は大衆演劇の三春乃一座と関わっていきます。
三春乃一座は以前はもっと大きな劇団だったようですが、現在は座長の沢村菊之進を含め4人だけです。兵隊に取られたり、故郷の農家の働き手として抜けていったのでしょうか。東京でも大劇場は次々と閉鎖されているし、この一座もそんなに長くはもたないでしょう。特高の検閲を通った芝居を演じようにも人数が足りません。そして、おそらく本心ではそんな芝居をやりたくはない。
本当にやりたいのは、かつて人気を呼んだ「極付 国定忠治」。座長が名調子をやってみせると、演劇青年がそうではない、と意見を述べ始めます。彼のバックボーンはスタニスラフスキ・システム。リアリティのある国定忠治像を語り、実際に座員たちを指導してみせます。ここは笑いにつながるところでもありますが、演劇表現というものの解説にもなっています。そうして、意外なキャスティングも含めたスタニスラフスキ・システムに基づく「極付 国定忠治」が見えてきます。そうなると、ぜひお客さんに見せたくなります。
しかし、特高は目を離したわけではありませんでした。個人的には芝居が嫌いではなさそうですが、役目は絶対。特高の権力は絶大です。一般のお客さんの前での上演は無理でしょう。それでも、召集令状が来ている演劇青年を送り出す、一種の壮行会ということにして、他人には知られないように5月31日の未明に通して演じようということにします。
その31日より前に29日が来ます。横浜は激しい空襲を受ける。爆発。炎上。機銃掃射。逃げまどう人々。安全と思われた場所も、実際にはそうではない。横浜の町は焼け野原と化します。
31日の朝。まだ暗いうちに少しずつ人が集まってきます。無傷というわけにはいきませんが、全員が生き延びていました。特高も含めて。こんな状況で芝居なんて、という意見も出ますが、逆にこんな状況だからこそ芝居という反駁も出ます。芝居では敵の飛行機を落とすことはできませんが、芝居を見て泣いたり笑ったりするのが、人として生きているということではないのかという問いかけがなされます。
大きなテーマが2つあったようです。1つは横浜の空襲・戦災を忘れないということ。空襲の場面は光と音、それに逃げまどう人々のシルエットで表現されます。はっきり言って楽しくない、できれば見たくない場面が、まだ続くのか、いつ終わるのかと思うくらいに長く続きます。芝居の客席ではそれだけですが、空襲を受けていた人たちは、もっともっと長い時間で、心理的にはさらに長かったでしょう。しかも、そのことで生命の危機にさらされていました。嫌な場面の長さは、そのことを想像するために必要なものだったのでしょう。
もう1つのテーマは、芝居とは何かということ。この中でさらに2つに分かれます。1つは大衆演劇の見得と、コンスタンチン・スタニスラフスキ・システムとの違いというような、演技とは何かという点。これは、実際にやってみせられると笑いを誘われるおもしろさ、おかしさがあります。もう1つは、戦時下で芝居を上演する意味ということから、人はなぜ芝居をするのか、芝居を見るのかという根源的な問いかけです。こうした問いかけのしかたは、井上ひさし作品に通じるものがあるようです。
井上ひさし作品といえば、先日「夢の泪」を観ていた時に、新橋周辺や、神田へのお使い、清瀬や松戸といった地名の位置関係が頭に浮かんできたことを思い出します。キャリフォルニアの日系人が送り込まれた収容所(井上ひさしはマンザナを想定していたものと思いますが、私は自分が行ったことのあるトゥールレイクを思い出した)も想像しやすかった。たまたま知識があったからです。
この「桜散る、散るも つもるも三春乃一座」には横浜の地名がたくさん出てきます。空襲の最中、人々が地名を叫びながら、あっちへ行こう、こっちへ行こうと逃げ回っています。しかし、残念ながら個別の地名がわかっても、位置関係がよくわからない。わからなくても、混乱ぶりの理解はできるのですが、頭の中に横浜の地図が入っている人にとっては、あの場面をもっと深いところまで実感できたのではないかと思いました。そういったことも含めて、これは横浜の人にとって特別の意味がある芝居なのかもしれません。
この芝居は、毎年5月末のこの時期に横浜で上演されているそうです。それには理由があって、太平洋戦争末期、昭和20年5月29日の横浜大空襲が物語の芯になっているからです。昨日5月30日の新聞にも65年前の空襲について記事がありました。3月の東京下町の空襲と違って、こちらは朝9時半ごろから1時間半くらい。明るい中なので、焼夷弾投下以外に、機銃掃射を受けて亡くなった方もあったものと思われます。劇中ではおそらく直後の発表だからでしょうか、死者数を3000人台と言っていたと思いますが、その後の調査では8000人から1万人くらいではないかという推計になっているようです。
横浜の小さな劇場で、三春乃一座は当局の検閲を受けた芝居の準備中。そこに特高に追われた2人の人物が逃げ込んできます。1人は演劇青年。もう1人は女学校の先生。2人とも追われる理由があり、追われているのは自分だと思っています。この2人が本来は大衆演劇の三春乃一座と関わっていきます。
三春乃一座は以前はもっと大きな劇団だったようですが、現在は座長の沢村菊之進を含め4人だけです。兵隊に取られたり、故郷の農家の働き手として抜けていったのでしょうか。東京でも大劇場は次々と閉鎖されているし、この一座もそんなに長くはもたないでしょう。特高の検閲を通った芝居を演じようにも人数が足りません。そして、おそらく本心ではそんな芝居をやりたくはない。
本当にやりたいのは、かつて人気を呼んだ「極付 国定忠治」。座長が名調子をやってみせると、演劇青年がそうではない、と意見を述べ始めます。彼のバックボーンはスタニスラフスキ・システム。リアリティのある国定忠治像を語り、実際に座員たちを指導してみせます。ここは笑いにつながるところでもありますが、演劇表現というものの解説にもなっています。そうして、意外なキャスティングも含めたスタニスラフスキ・システムに基づく「極付 国定忠治」が見えてきます。そうなると、ぜひお客さんに見せたくなります。
しかし、特高は目を離したわけではありませんでした。個人的には芝居が嫌いではなさそうですが、役目は絶対。特高の権力は絶大です。一般のお客さんの前での上演は無理でしょう。それでも、召集令状が来ている演劇青年を送り出す、一種の壮行会ということにして、他人には知られないように5月31日の未明に通して演じようということにします。
その31日より前に29日が来ます。横浜は激しい空襲を受ける。爆発。炎上。機銃掃射。逃げまどう人々。安全と思われた場所も、実際にはそうではない。横浜の町は焼け野原と化します。
31日の朝。まだ暗いうちに少しずつ人が集まってきます。無傷というわけにはいきませんが、全員が生き延びていました。特高も含めて。こんな状況で芝居なんて、という意見も出ますが、逆にこんな状況だからこそ芝居という反駁も出ます。芝居では敵の飛行機を落とすことはできませんが、芝居を見て泣いたり笑ったりするのが、人として生きているということではないのかという問いかけがなされます。
大きなテーマが2つあったようです。1つは横浜の空襲・戦災を忘れないということ。空襲の場面は光と音、それに逃げまどう人々のシルエットで表現されます。はっきり言って楽しくない、できれば見たくない場面が、まだ続くのか、いつ終わるのかと思うくらいに長く続きます。芝居の客席ではそれだけですが、空襲を受けていた人たちは、もっともっと長い時間で、心理的にはさらに長かったでしょう。しかも、そのことで生命の危機にさらされていました。嫌な場面の長さは、そのことを想像するために必要なものだったのでしょう。
もう1つのテーマは、芝居とは何かということ。この中でさらに2つに分かれます。1つは大衆演劇の見得と、コンスタンチン・スタニスラフスキ・システムとの違いというような、演技とは何かという点。これは、実際にやってみせられると笑いを誘われるおもしろさ、おかしさがあります。もう1つは、戦時下で芝居を上演する意味ということから、人はなぜ芝居をするのか、芝居を見るのかという根源的な問いかけです。こうした問いかけのしかたは、井上ひさし作品に通じるものがあるようです。
井上ひさし作品といえば、先日「夢の泪」を観ていた時に、新橋周辺や、神田へのお使い、清瀬や松戸といった地名の位置関係が頭に浮かんできたことを思い出します。キャリフォルニアの日系人が送り込まれた収容所(井上ひさしはマンザナを想定していたものと思いますが、私は自分が行ったことのあるトゥールレイクを思い出した)も想像しやすかった。たまたま知識があったからです。
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